ケイ・赤城=本田珠也スーパーデュオ
![]() |
![]() |
12月14日(金)
会場:カワイ楽器 4Fホール
仙台市青葉区一番町4-3-28 Tel.022-261-5722
開演:PM7:00(開場PM6:45)
チケット¥4,000 (当日¥4,500)
お問合せ:022-275-5200
(ウォーキン・木村まで)
プロフィール
| ケイ 赤城 kei akagi
(ピアニスト、コンポーザー、アレンジャー) |
| 1953年3月16日仙台生まれ。 4歳から12歳まで家族と共にオハイオ州クリーブランドで過ごす。 5歳からピアノを習い、音楽学校(The Cleveland Music Settlement)でピアノ理論、音楽史を学ぶ。 帰国後、青森県下の高校在学中にジャズ音楽に接し、国際基督教大学(ICU)では哲学と作曲学を学ぶ。大学卒業後再び渡米、カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校の哲学科博士課程に入学する。 勉学の一方、大学のジャズバンドで作曲やオーケストレーションをしたりピア二ストとしてピックアップバンドに参加(ブルー・ミッチェル、アート・ペッパー等)するなど音楽活動も行う。 25歳の時それまで目指していた大学教授の道をやめプロミュージシャンとして歩み始める。翌年1979年にはアイアート・モレイラ&フローラ・プリムグループのメンバーとなり7年間在籍し、その後アル・ディメオラのグループなどを経て1989年から1991年までマイルス・デイヴィス・グループのメンバーとして活動する。 その後スタンリー・タレンタインのバンドに参加。 現在はロサンゼルスに在住し、自己の音楽活動を続ける一方、1996年からカリフォルニア大学アーバイン校で音楽講師として教鞭をとり始め2000年からは同校芸術学部教授としてジャズの理論、歴史、実技などの講義を行っている。又、大学近郊地域の文化活動の一環として各種コミュニティー、サークルなどでジャズのレクチャーや演奏活動を行っている。 日本では96年から毎年恒例となった夏の全国ライヴ・ツアーを行っており、2003年はツアーの合間に函館大学から客員教授として迎えられ、夏季集中講義という形でジャズの歴史を講義している。これは一般教養課程の単位科目として試験も行われた。 2004年も7月中旬から9月上旬まで全国ツアーを敢行。 2005年は恒例の夏のツアーに加え、年末にもミニ・ツアーを行う。 夏のツアーでは最後を飾った新宿PIT INNにて初のライヴ・レコーディングを行った。 <主な参加グループ> 1979-1985 Airto Moreira / Flora Purim 1984-1985 Joe Farrell 1985 James Newton 1986 Allan Holdsworth 1986 Joen-Luc Ponty 1986-1988 Al Dimeola 1989-1991 Miles Davis 1991 Stanley Turrentine 1994 Sadao Watanabe Select Discography <リーダー作> "Playroom"(Moo/Mesa Bluemoon) "AAJT-Sound Circle with Rufus Reid & Akira Tana"(Evidence) "Mirror Puzzle"(Audioquest) "New Smiles and Traveled Miles"(Media Rings) "Viewpoint"(VideoArts Music) "Palette"(VideoArts Music) "A Hint Of You"(VideoArts Music) with Miles Davis: "Miles in Paris"(WEA Music Video) "Live Around the World"(Warner Bros.) with Airto Moreira/Flora Purim: "The Magicians"(Concord) with Al Dimeola: "Tiramisu"(Manhattan) |
本田 珠也(ドラムス)
1969年11月25日、東京生まれ。父本田竹広(P)、母チコ本田(Vo)、叔父に渡辺貞夫(As)、
渡辺文男(Ds)という音楽家系に育ち、幼少の頃から自然とドラムスティックを手にしていた。
小学6年生の時に独学でドラムを始め、1982年、おりしも人気絶頂だった本田竹曠率いる”ネイティブサン”が
「第1回斑尾ジャズフェスティバル」に出演した際、飛び入り参加したのが初舞台となり、
その後、ネイティブサンのライブやレコーディングに参加するようになる。
1989年頃から父の勧めでジャズを志す。独学とはいえ血筋の良さから来る天賦の才能に加え、
アグレッシブでパワフル且つ感性豊かなプレイで、様々なジャンルをこなすようになる。
ネイティブサン以後、本田竹曠ビッグファン、ポールジャクソングループ、北海道バンド、ハイタイドハリスブルースバンド等
を経て、辛島文雄、大野俊三、伊藤君子、渡辺香津美、増尾好秋、渡辺貞夫等のバンドに参加。
中でも1996年イタリアに於いて、大型日本紹介事業フェスティバルの一貫として、
辛島文雄カルテットで4都ツアーを行い、初の海外公演に参加する。
そして、マルウォルドロン、ジュニアマンス、秋吉敏子と共演するなど、数多くのセッションやレコーディングに参加し、
着々と自己の音を確立させていく。
1997年、子供の頃から愛聴してきたロックやファンクミュージックにジャズを融合させたグループ、
”本田珠也PLANETX”を結成。ライブハウスを中心に活動し、
2000年3月、東芝EMIより初リーダーアルバム「PLANETX」をリリース。
この間1999年5月、大野俊三(Tp)の誘いで香港へ招致され、ユージンパオ(G)等と初共演する。
これを機に2000年12月、香港高山劇場<Ulf Wakenius(G)と共演>、
2001年5月、シンガポールインターナショナルフェスティバル、同年9月香港シティーホール公演等に出演する他、
香港、日本、オーストラリア、デンマークから4人が集められ、「HONGKONG MEETING」と題した
レコーディングにも参加するなど、国内に留まらず多くのミュージシャンから絶大な支持を得ている。
2001年3月、大口純一郎トリオ、菊地雅章トリオ、
ケイ赤城トリオと立て続けに3人のピアノリーダーのアルバムレコーディングに参加し、
3人3様の強い個性のピアニストから称賛され、以後この3人とのコラボレートは、固く結ばれている。
2003年12月、タイランドインターナショナルジャズフェスティバルを筆頭に、
香港〜シンセン〜上海のツアーに、現地のミュージシャンと共に参加。
現在、、今村祐司、荒巻茂生、五十嵐一生等のグループで活躍する傍ら、
ドラム講師も務め、作曲にも力を入れる等、精力的に活動している。